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Author:hikari
アレクサンダー・テクニークを教えています。からだとこころにまつわる日々の気づきなどを綴っていきます。

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米寿のレッスン

前回の更新から1ヶ月近くが過ぎてしまいました。
今日はちょっと違う話題です。

最近、私のおばが背中を痛めてしまいました。
おばは今月米寿を迎えます。
背中がだいぶ丸くなっているので、
骨に負担がかかっているだろうと思っていましたが、
病院に行ったら、脊椎の圧迫骨折だとのことでした。
最初の2週間ほどは痛くて動けないという状態だったので、
近くに住む私が身の回りのお世話や痛みのケアなどをしていました。

特に椅子から立ち上がるときに、背中が痛むようだったので、
私はアレクサンダー教師として、その動きのお手伝いをしてみました。

本人はとにかく動くと痛いものだから、
「動きのレッスン」と言われても、最初は全然乗り気ではなかったのですが、
私は「ちょっとだまされたと思ってやってみて」と言って、
痛みがおきないであろう方向へと手を使って誘導しながら、
椅子から立ち上がってもらいました。

すると。
「あら・・・? 痛くない」
首をかしげながら、そのまま少し歩いて、
もう一度、「どこも痛くない・・・」とつぶやきます。
そして神妙な面持ちで「もう一度やってみる」と言って、再び椅子に座ったので、
私は「しめしめ」と思いながら、もう一度動きの方向を誘導します。
「あら・・・? やっぱり痛くない・・・」

私が誘導した「痛みが起きないであろう方向」とは、「前へ、上へ」ということ。
おばは立ち上がろうとするときに、
上体を後ろに引いて腰で体を支えようとするクセがあり、
それが背中の痛みにつながっていると思ったので、
本人が思っているよりも「前で」バランスをとることを体験してもらったのでした。

この体験はとてもおばの気に入ったようで、
それから熱心に練習を重ね、
今では椅子から立ち上がるのがすっかり上手になりました。
私が行くと「見ててちょうだい」と言って立ち上がってみせて、
そのあと、「あ~気持ちいい」というのです。

最初の「痛くない」という感想も嬉しかったけど、
「気持ちいい」という言葉が出てきたことは、もっと嬉しかったです。

最初は苦痛だった「立ち上がること」が喜びになったこともすごいと思うし、
動きが気持ちよく感じられるということは、
自身がもっている生命力を感じている、しるしでもあると思うから。

歩くなどのほかの動きではまだ痛みが出るので、
これからレッスンを重ねて、もっと自由に動けるようになってほしいな。

おばさん、これからもずっと元気でいてね。
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腕の使い方と肩こり 実践編

先月デスクワークと肩こりのテーマでワークショップを開いた後のこと。
会社の仕事で大量のコピペ作業をする機会があったので、
自分で教えたことをあらためて実践してみました。

どんなふうにするのかというと、
マウスやキーボードに手を伸ばす前に、
自分自身にこんなふうに質問することから始めます。

どんなふうに椅子の上で私の背骨はバランスを取っているかな?
上体は坐骨の上にバランスしている?
背骨の長さはどのくらい?
背骨のてっぺんはどこで、どんなふうに頭蓋骨と出会っている?

質問をすると、それに答えを返すように、
体のどこかでギュッと頑張っていた部分がほどけて、
上体がふわっと上方向に伸びて行きます。

背骨が本来の長さを思い出すと、
自分には脚があったことを思い出し、
そこで脚と床とのつながりを感じてみます。
2本の脚と2つの坐骨で上手にバランスが取れていると、
姿勢を保つために背中の筋肉を使う必要がないことが実感できます。

さて、いよいよマウスとキーボードに手を伸ばしてみよう。

筋肉のつながりで考えてみると、
腕は頭からぶら下がって、肋骨の上にふんわりと乗っかっているのです。
だから、腕を動かすときは頭とセットでとらえてみよう。
キーを押すときに、自分自身も一緒に押し下げないように。

マウスをクリックするときも、タイピングをするときも、
いつも頭は高いところにあって、背中は長く、
2つの肩甲骨の間はずっと広いまま。

そんなに体のことを色々考えながら仕事に集中できるのかと
不思議に思われるかもしれないけど、意外と大丈夫。
考えは文字にすると長いけど、
脳の中を流れるのはほんの一瞬のことだから。

今回自分にレッスンしてみて発見だったのは、
ホネで上手に体のバランスが取れていると、
自分とパソコンの間にいつでも広い空間があって、
パソコンに意識が吸い込まれそうになったとき、
その空間がエアバッグのようにそれを防いでくれるということ。

おかげで大量のコピペ作業はサクサクはかどり、
終わったあとはいつもより元気。

身につけるのに少し時間はかかるけど、
本当に一生モノの技術だと思うのです。

楽しむだけでよかった

アレクサンダーテクニークではレッスンの最中、
からだが楽になって、その結果いいことがたくさん起こる。

さっきまであった痛みが消えてしまったり、
呼吸が楽になったり、
視界が明るく広くなったり、
関節の可動域が広がったり。

そういうとき、人はついつい分析したくなるもの。
だって自分に何が起きているのか知りたいし、
またその素敵な体験を再現したいから。

でも感覚は分析しようとした途端に消えてしまうし、
過去の素敵なシーンを再現しようとすると、
理想に合わせて頑張りすぎて苦しくなったり、
過去と今を比べてしまって悲しくなったり。

分かっちゃいるけどやめられない。
それが長年の課題だった私が、最近腑に落ちたことは、

楽しいときは、ただ楽しむだけでいいってこと。

楽になった呼吸も、明るくなった視界も、
痛みのない体も、ただ今それを楽しむだけ。

感じている以上に感じようとしなくてもいいし、
その楽さ、楽しさが終わってしまっても、
ああ、楽しかった!と思って次に行けばいい。

きっと、それが自由っていうことね。

違いが見えるとき

今日、会社でのこと。
隣の席の人が首をかしげながらつぶやいた。
「先方が依頼していた画像を2つ送ってくれたんだけど…
これってどう見ても同じものですよね?」

どれどれ、と隣のパソコン画面を覗き込む私。
2つの画像をぱっぱと切り替えて見せてもらったところ、
違いがすぐに目に飛び込んできた。

「右の子の表情が違うよ。口元がかすかに微笑んでるじゃない?」
「うーん、私には同じにしか見えない…」

これはアレクサンダーテクニークでやってきた、
観察のトレーニングの成果かもしれない。
レッスンでは生徒のしているかすかな動きや、
大きな動きになる前の、動きの方向性を観察している。

そのおかげで、今ではテレビのクイズ番組でやっている、
ちょっとずつ絵が変わるやつの違いを見つけるのもわりと得意。
(↑自慢)

なーんて偉そうに言ってるけど、
私も最初の2年くらいは、人の動きが全然見えなかった。
なんか違うのは分かっても、それが何かが分からなかったり。

違いって、探しに行くと見えなかったりするもの。
「よく見よう」という願いは、多くの場合、
細かく見ようとするときの動きにつながっているから、
部分にフォーカスするような目の使い方になってしまう。

でも、違いが見えるためには、
動いたものと動いていないものが
全体として同時に見えている必要がある。

例えば、動いている物体だって、
それだけ見ていると動いてるかどうかわからない。
私たちは普段、地球が動いていることが感じられないけど、
それを知ることができるのは、周りの天体との位置関係があるから。

つまり、違いとは周りとの比較があって初めて認識できるもの。
だから、違いを見つけたいときは、
パーツに分けて細かく見るのではなく、
まわりを含めた全体を見る必要があると思っている。

私が教わったアレクサンダーテクニークのレッスンでは
「見に行くのではなく、視界に入るのを許す」っていう言い方をする。
人の視界は、フォーカスする必要があるとき以外は
広く全体を見るようにできているから、
自分自身で視野を狭くしていることに気づいてあげるだけでいい。

冒頭の2つの画像の違いが見えたときも、
まさに向こうから目に飛び込んできたという言い方がぴったりだった。

そうは思っていても、習慣はなかなか強力なもの。
実は時々、新聞の「間違い探し」で練習しているんだけど…
「見つけよう」という欲が出ると、もうその瞬間に私の目は部分に走る。

…ふと我にかえると、
遊ぶための間違い探しを前に
そんなストイックな練習をしている自分が
なんだかおかしいんですけど!

1人を変えるために、特別なことはなにもしていない

この間自分が教えたレッスンで
「下を向く」が上手に教えられなかった。

それ以来、どうやって下を向いたらいいのか、
自分なりに試行錯誤しながら、ずっと考え続けていた。

なんとなくわかってきたことは、
首の動かし方それ自体を変えるよりも、
立ち方や座り方での全身のバランスの取り方が変わると、
首の動きが自ずと変わるということだった。

脚や胴体に無理がないと、
その上にある頭と首は楽に動くのだった。

やっぱり、部分ではなく全体を見るってことなんだね!
って納得。

そんなことに気づいたとき、
記憶の中にある、ひとつの出来事が思い出された。

ちょうど1年前の秋のこと。
福島に住む80代の伯母が末期癌で入院していた。

戦争中に青春時代を過ごした伯母は
生涯独身だったので、子供や孫がいなかった。
その分、甥や姪である私たちをとても可愛がった人だった。

そんな伯母の最後の日々に、
必ず誰かがそばにいられるようにと、
私たち兄弟はシフトを組んで毎日東京から通うことにした。

入院している伯母は、はっきりとした意識はあるものの、
目も見えず耳もほとんど聞こえず、
声をだすこともできない状態で、
手も脚も、体じゅうが痛みで硬直していた。

伯母の体を少しでも楽にしてあげたいと、
私は一生懸命にアレクサンダーテクニークを使った。
頭の位置をわずかに調整したり、腕の緊張にはたらきかけて
呼吸が楽になるようにしたり。
でも、痛みそのものがなくなるわけではないし、
その緊張は痛みに耐えるために必要なものにも思えた。

ある週末、病院に家族全員がそろった。
私たちは伯母のベッドを囲んで、
次の週のシフトを決める話し合いをしていた。

「俺、その日はダメ、大事な会議があるから」
「うわー俺もダメ。ここは休めない」
「じゃあこの日は私がでるから、代わりにこの日出てよ」
「しょうがないなあ、なんとかするよ」

こんな交渉の末、シフトが決まった。
サラリーマンの日常丸出しの、和やかな雰囲気だった。

ふと伯母を見ると、さっきまで苦しそうだった体が、
明らかに、とても楽そうにゆるんでいた。
まるで「あー安心した」とでもいうように。

会話の内容は聞こえていないはずなのに。
私たちの和やかな談笑に、体が反応をしていたのだ。
肌感覚で、その場の空気がわかるのだろう。

1人を変えるために、特別なことはなにもしていない。
それを起こしたのは、私たち全体の変化だった。

それからほどなくして、伯母は天国へ召された。
その日決めたシフトは途中で終わった。

ちょっとしんみりするエピソードだけど、
全体性を思うとき、私はこの日の光景を思い出す。
とても大切な思い出だ。
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