プロフィール

hikari

Author:hikari
東京・吉祥寺の「アレクサンダー・テクニーク教室FUN」で教えています。
個人レッスンや、出張レッスンご希望の方はメールフォームからご連絡ください。
ブログでは、からだとこころにまつわる日々の気づきなどを綴っていきます。

最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

側わんという学び

これまでの私にとって、
側わんがあることで、一番気になっていたのは見た目でした。
後ろから見た時、背中の右側が出っ張っていることが恥ずかしくて、
誰かに後ろに立たれることを、ゴルゴ13ばりに恐れていました。

「朝、目が覚めたら背中が直っていればいいのに」と、
私は毎朝起きるたびに祈っていました。
そのくらい、“右側”の出っ張りのことばかり気にしていました。

それからアレクサンダーテクニークを学び始めて、
時は流れ・・・あれは1年ほど前のことだったでしょうか。
ある日、何気なく自分の体を触っていて、気づいたのです。

背中の“左側”に厚みが出ていることに。

虚を突かれて言葉を失い、
代わりに出てきたのは、涙でした。

左に厚みが出たということは、右の厚みが減ったということ。
それは結局同じことなのだけど、
同じだということに、私はずうっと気づきもしないで、
ひたすら右側ばかり見続けていて。

あんなに望んでいたものが与えられたとき、
待ち続けていたのとは逆方向からやってきて、
自分の思い込みに気づかされて、
しかもそれを自分の体が教えてくれた。
今もうまく説明ができないくらい、心が震えたのでした。

16世紀、スペインから西に向けて
世界一周の航海に出たマゼラン艦隊は、
3年後、東から母港に帰ってきました。
なぜなら、地球は丸くて、ひとつながりだから。

私の体も同じでした。

ひとつであること。
つながっていること。
それを知るのではなく、気づくこと。
気づきはいつも現在形で、
音もなく、私を一瞬で新しい世界へ連れて行く。
スポンサーサイト

アレクサンダーと側わん(4)

さて。
側わんを治したいと思ってこのブログにたどりつた人は、
私の哲学よりも、結局体がどうなったのかを知りたいと思われるでしょう。

アレクサンダーテクニークを始めて今年で9年になりますが、
今現在の経過では、レントゲンで確認できる湾曲の角度自体は変わっていません。
このブログのプロフィール写真を見ていただいても分かるように、体は傾いています。
自分としては真っ直ぐ座っていたつもりなんですけどね(笑)。
でも、見た目の印象は結構変わったと思います。

参考までに、ビフォア・アフターの写真をアップします。
左がアレクサンダーテクニークを本格的に学び始めて1年目の頃、
右がそれから約2年後のものです。
(髪がボサボサなのは見逃してください・・・)(´∀`*;)ゞ

b_a.jpg

左の写真では、腰のあたりに緊張があるのが見えますか?
この頃はまだ必要以上に胸を張ろうとする癖があって、
わずかに後ろに反らした上体を腰で支えていいます。

右の写真では、左に比べて頭の位置が高くなっています。
それに伴い、背中の力みが抜けて、上体がスッと上に伸びています。
からだ全体に厚みがでています(ちなみに体重は変わっていません)。
なんだか見ていて安心感がありますね(^-^)

今は右の写真を撮影してからさらに5年ほどたつので、
また変化していると思います。
時々合わせ鏡の前で前屈をして、背中の左右差を見るのですが、
この頃は以前ほど左右の高さの違いが目立たなくなってきました。

生活の質も変わりました。
以前の私はとても疲れやすくて、
まとまった量のアイロンがけをすると、それだけでダウンしてました。
そして「背骨が曲がっているから仕方ない」と、
うまくいかないことはすべて側わんのせいにしていました。

もちろん今はそのくらいでダウンすることはありません。
背中が痛くなったりしても、それを側わんのせいにはしません。
背中が痛くなるような動きを自分でしていたのだと考えて、
自分で体の動かし方を改善することができます。

骨が曲がっていることは容易には変えられませんが、
動きは自分で変えられます(少し練習が要りますが)。
上手くいかないことすべてを側わんのせいにしていた私は、
そう思えるようになって、自由な気持ちになりました。
「人生の主導権を自分に取り戻した」、
ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、そんなふうに思います。

これは実感からくる私の考えですが、
生命って、結構柔軟なシステムなのではないかと思います。
体にとって背骨が重要なのは間違いないけど、
それが曲がっていても、曲がったなりに
からだはきっと全体で協力し合って、私を生かそうとしている。
背骨はその形よりも、
からだ全体のなかで、「動きのコーディネーター」として
はたらいているかどうかが大切なのだと思います。

そんな風に考えられるようになったので、
側わんがあっても私は大丈夫。
――今の私はそう思っています。

アレクサンダーと側わん(3)

少し忙しかったので、久しぶりのブログ更新となりました。
今日のテーマは側わんです。

アレクサンダーテクニークのプロコースでの学びは、
簡単に言い表すことはできないのですが…
その何とも言い表せないところが私には面白いものでした。

「分からないのが面白い」なんて、不思議に思われるかもしれませんね。
今、あの学びの時間を振り返ってみて良かったと思うのは、
自分で納得のいくまで悩んで考えることができたことでした。
アレクサンダーテクニークは、国内外の色々な先生に教わったけど、
教え方とか言っていることは本当に人それぞれでした。
でも明快な定義や答えがないからこそ、
自分の腑に落ちるまで、いつまでも考えることができたし、
すぐに答えを出さなくていいところに安心感を覚えました。

まさにジグソーパズルのピースをつなげていくように、
一つひとつ、自分なりの身体観を形づくっていきました。

そのうちに、ふとした瞬間に気づくのです。
考えだけでなく、体もいつのまにか変化していることに。

例えば、数カ月おきの歯医者さんの定期健診で。
座り慣れたリクライニングシートの背もたれへの
背中のあたりかたが前より左右均等になっていることに。
衣替えの季節、前の年のコートの胸のボタンがとまらなくて、
袖もつんつるてんになっていることに。
デパートの化粧室から出るときに、ふと目に入った自分の後ろ姿が、
明らかに前と変わっていることに。

体に負荷をかけるような体操やトレーニングをしたわけではないのです。
すごーく平たく言うと、ふだんの体の動きを見直しただけ。
「何々をしたから」というより「何もしなかった」という感想が近い。
だから、いつ変わったのか分からない。

でも、いつ変わったのか分からないからこそ、いいのです。
努力をやめたら元の状態に戻ってしまうという、
不安や強迫観念から自由になれたからです。
前にO脚矯正サロンを退会するときに言われた言葉、
「あなた、やめたら元に戻るわよ」
そのとき感じた疑問に対して、
ここでようやく自分なりの答えを出すことができました。

元々体は完璧にできています。
だから、過剰な何かをやめれば上手くいく。
それはまさに、天動説から地動説へ世界の見方が変わったのと同じような、
自分史上のコペルニクス的転換でした。
そして構造体としての体がいかに完璧であるかは、
解剖学を学ぶ中でも確信に変わっていくのでした。

これまでの経緯をブログに書きながら振り返ってみると、
それまでの私は、とても人の意見に左右されていました。
中学校の保健の先生、病院の偉い先生、
通っていたサロンの院長や施術を受けていた整体師、
それからインターネットで読んだ、自分より詳しそうな誰かの意見…
そうした意見に対して反射的に逃げたり、盲目的に従ったり。
後悔とか反動を原動力にして、
現代医学と代替療法の間を、振り子のように行ったり来たりしていました。

そうではなく、意見や情報を、まずはいったん自分で受け止める。
すぐに反応しなくてもいい。
そして自分で考えて、自分で決める。
私が本当に欲しかったのは、正しい答えを教えてもらうことではなく、
「自分で決める」こと。
それこそが本当に自分に力を与えてくれるものでした。

続きます。

アレクサンダーと側わん(2)

週1回、30分の個人レッスンを受ける生活を1年間続けました。
それは私にとって、体を治すためではなく、
自分の体とともに楽しく生きるためのレッスンという位置づけでした。
以前に「体を治す」と思って努力を重ねた結果、
気持ちがすさんでしまったので、
一度その考えから離れようと思ったのです。

自然な立ち方・座り方、デスクワークでの体の使い方のほか、
歌が好きだったので歌うこともよく取り上げたし、
「言いにくいことを言う」なんていうテーマを選んだこともありました。
レッスンでのアクティビティは、その日の気分で決めました。
音楽であれ、ストレッチであれ、心理的な内容であれ、
どんなテーマであっても、必ずそのための体の使い方を提案してもらえるので、
習い事としては、ある意味とてもお得だったと思います。
(音楽教室とフィットネスと心理カウンセリングに同時に通うと、
とても時間とお金がかかりますからね!)

1年が過ぎる頃には気持ちも大分変わってきたし、
よく気がつく人からは「動きが軽やかになったね」と言われるようになりました。
そして、いよいよ教師養成コースに入るため、
提出する申込書に自分自身について書いていたときのことです。

「私は脊椎側わん症です」
こう書こうとして一瞬みじめな気持に襲われ、
それからハッと気がつきました。
ちがう。そうじゃない。
「私の脊椎には側わんがあります」
こう言ったほうが自分の気持ちにぴったりくる。
何より誰かに伝えるのに抵抗がない。

どうしてかというと、
「私」イコール「側わん症」ではないから。
それは私の体が持つ特徴の一部であって、私のすべてではない。
私の脊椎には側わんと呼ばれるカーブが“ある”。
何かが“ない”、つまり“欠けている”のではない。
そうか、そうだったんだ!

「君はすでに完璧なんだよ」
忘年会でジェレミーに言われた言葉がよみがえりました。
気持ちが一気に軽くなりました。

以来、自分自身に「側わん症」という言葉を使うのはやめて、
「私は脊椎に側わんがあります」という言い方をするようになりました。
なので、このシリーズの書き出しにも、そのように書きました。

プロコースで一緒にトレーニングをするクラスメートたちにも、
必要のある時には、自分から言えるようになってきました。
最初は説明するのに声が震えたものでしたが、そのうちに慣れました。

あるとき、一緒にレッスンを受けていた一人の女性が
授業の休憩時間、私にたずねてきました。
「ねえ、hikariさんの体、腰はとってもバランスがいいのに、
背中はどうして右側と左側でそんなに高さが違うの?」

自分でも意外なことに、私はその質問をとても嬉しく感じました。
それまで出会った人は、私の体が他の人と違うことに気づいても、
気を遣って正面からは話題に取り上げないことがほとんどでした。
でも彼女はきちんと私の目を見て、そして言葉を選びながら質問してくれました。

20代の頃、少しだけいたアルバイト先での小さな出来事を思い出しました。
「あの子かわいそうにね、あんなきれいな顔をしてるのに」
少し離れた場所で何人かが私の方を見ながら、声をひそめて話していました。
それが悪口ではないと頭では分かっていても、
また今こうして思い出してみると、むしろ好意的な感じすらするのですが、
その時私はなんだかとても傷ついたのです。

アレクサンダーの教室で私に質問をしてくれた女性からは、
「かわいそう」というのとは、ちょっと違う態度が感じられました。
何より嬉しかったのが、「見ないふり」をされなかったこと。
なぜって、それは私という人間の根幹にかかわることだから。
その質問からは「あなたの本質に触れますよ」という、
彼女のやさしさと責任感が伝わってきました。

今こうして当時のことを振り返ると、
ひそひそ話に傷ついた20代の頃と違って、
アレクサンダーテクニークを学び始めた時点で、
私に「話題にしても大丈夫そう」な雰囲気が備わったのかもしれません。

私が質問に答えて自分の体について説明すると、
彼女はただ自然に受け止めて、それ以上は特に何も言いませんでした。
私には、その距離感もとても嬉しいものでした。
彼女の態度は、私もいつか、こんなふうになりたいと思えるお手本でした。

続きます。

アレクサンダーと側わん

私が初めてアレクサンダーテクニークを知ったきっかけは、
漫画家の槙村さとるさんのエッセイ『3年後のカラダ計画』(幻冬舎)でした。
昔好きだった漫画家さんの本だったので手に取りました。

そこに書かれていたのが、「アレクサンダーテクニーク」。
背骨に関することをやっているということもあり、
ピン!と直感に訴えかけてくるものがありました。

期待に胸をふくらませて、初めて参加した体験ワークショップでは、
正直言って自分のカラダに何が起きているのか、よくわかりませんでした。
それでも、その時、私は決めました。
「これを学んで、教える人になろう」、と。
まさに直感で、そこに1秒の迷いもありませんでした。

ひとつには、アレクサンダーテクニークの考え方に共感したからです。
それを私なりに表現すると、
「上手くいかないのは、努力が足りないのではく、むしろ多すぎるから」。

物やサービス、情報があふれかえっている今の時代。
“多すぎること”に、ずっとずっと疑問を持ってきました。
本当に大切なことは、もっとシンプルなはずだと思っていたので、
その考えの方向性に真実味を感じました。
(とは言え、アレクサンダーテクニークは100年ほど前に生まれたものですが)

また、アレクサンダーテクニークをやっている人たちのたたずまいというか、
存在の質に安心感を覚えたことも大きかったように思います。
そこに「静けさ」とでも呼びたい何かが感じられたのです。

私の直接的な願いは「側わん症」の進行を止めたいということでしたが、
そこに過剰な期待を抱くことはありませんでした。
身体は、良くなるものなら治したい。
けれども、本当に解決すべき問題はそこではないということも、
自分自身が一番よく分かっていました。

「側わん症」であることで私を一番苦しめていたのは、
痛みなどの身体的な面ではなく、心理的な面でした。

私はそれまで自分の体を「醜い」「みっともない」「恥ずかしい」と思い、
そんな劣等感を克服しようと、“自分の悪いところ”を探して、
片っぱしから直そうと決意をし、そのための努力をしました。
努力の甲斐あって、劣等感は多少改善しましたが、
なぜか心がどんどん狭くなっていき、そのことが私を苦しめました。
努力していないように見える人を見下し、
自分の基準に満たない人が許せなくなりました。
そして、そんな自分の心の狭さを否定するという、負のスパイラルに。

もしも、手術で体が変わったとしても。
あるいは、どこかのスゴ腕整体師が私の体を変えたとしても。
本当の問題は、それでは解決しないことをうっすらと感じていました。

アレクサンダーテクニークの個人レッスンを受け始めたばかりの頃のこと。
忘年会のパーティで初めて会ったジェレミー(Body Chance校長)に、
私は自分のことを話しました。
その時、ジェレミーは私にこんなことを言いました。
「君の心が狭くなっていったのはよくわかる。それは当然のことだ」
そして続けて言いました。「君はすでに完璧なんだよ」
この私が完璧?体にこんな欠陥があるのに?
「完璧」という言葉を素直に受け取ることができず、
理性では納得していないのに、なぜか泣けてきたのを覚えています。

心の奥底で、何かが溶け始めていました。

続きます。
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。