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Author:hikari
東京・吉祥寺の「アレクサンダー・テクニーク教室FUN」で教えています。
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思わぬ変化

88歳のおばと始めたアレクサンダーテクニークのレッスンを、
この度「米寿のレッスン」として記事をシリーズ化することにしました。

おばが6月中ごろに背骨の圧迫骨折をしてから、2カ月半。
この頃はすっかり良くなって、少し頑張りがきくようにもなりました。
前のように動けるようになったこと以外にも変化はあったようで、
今日はレッスンの後、自分に起きた色々な変化を語ってくれました。

まず、ひざから下の筋肉がしっかりしてきたこと。
以前はよく脚をつっていたそうなのですが、最近それがないこと。
そして、ずっと悩まされてきた夜間の尿もれも、
時を同じくしてぴたりとなくなったのだそうです。

以前は出先で鏡に映る自分の姿を見るたび、
あまりに背中が丸いので、自分にガッカリしていたそうなのですが、
この間見てみたら、そんなに嫌な感じがしなかったとのこと。
(実際、私の目から見ても、前よりシュッとして見えます)

最近、お友達に会うといつも「顔色がよくなったわね~」とほめられること。
実は私もこの間、おばの頬がピンク色なのを見て、
「あら! なんか、かわいくなった!?」と思いました(^-^)

「なんだか、これからすごくいいことがありそうな気がするわ」と言って、
おばは自分の話をしめくくりました。

年が年だけに、圧迫骨折を機に
あのまま動けなくなる可能性もあったことを考えると、
これって、本当にすごいことだと思うのです。
しかも、生活の質が前よりずっと向上しているじゃないですか!

これまでのレッスンでしてきたことは、
椅子からの立ち上がり方と歩き方の癖を見直したことでした。
脚の筋肉を鍛えるために特別なトレーニングをしたわけではなく、
首を楽にして頭が自由に動けると、からだ全体ががしなやかでいられること、
主にそれだけを伝えてきました。

私が思うに、膝下の筋肉がしっかりして、脚がつらなくなったのは、
無理のない自然なバランスで立てるようになったことで、
脚が体を支えるという本来の役割を十分に果たせるようになったこと、
そして足の関節を十分に動かせるようになったことが理由ではないかと思います。

筋肉の役割は骨を動かすことですから、
関節が本来の稼働域を取り戻すと、筋肉は使った分だけ発達します。
動きの習慣を見直して自然な動きを思い出すだけで、
わざわざトレーニングをしなくても、筋肉は普段の生活のなかで
その人に必要な分だけ鍛えることができるのです。

尿漏れが解消した理由はよく分かりませんが、
アレクサンダーテクニークをしていると、そういうことがよく起こります。
つまり、どこかが変わると、それに連動して思ってもいなかった部分が
“結果として”良くなってしまうのです。
なぜなら、体は全体としてひとつで働くシステムだから、
その変化は部分的にではなく、常に全体として起こるのです。

おばはアレクサンダーレッスンをとても楽しみにしてくれています。
私も教えるのが楽しみです。
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頭は高いところにある

今日も“米寿のレッスン”シリーズ。

88歳のおばと、最近、歩きかたを探究するレッスンを始めました。
以前から、おばの歩き方が「すり足」になっているのが気になっていました。
転んでけがをしたこともあったので、歩き方は大事な課題です。
私はかねがね「足首がもっと動くと、歩きやすくなるのにな」と思っていました。

そこで、まずは歩くときに足首を動かすことを提案してみました。
…が、やってみると、なんだか違う。
確かに足首は動いているけど、からだ全体として見ると、しっくりこない。
頑張っている上に、さらに努力を加えたような動きになっています。
何より、椅子から立ち上がったときのような、あのしなやかさがないのです。

椅子から立ち上がった直後は、体が上に向かって伸びていってるし、
下を向きがちな頭も、ちゃんと高いところにあるのに。

そこで、ハタ!と思いつきました。
「歩く」という動きだけを取り出して練習するのではなく、
椅子から立ち上がった良い状態から歩く、という流れにしてはどうだろう。

というわけで、おばに椅子から立ち上がってもらい、
さて歩き出そうとしたその瞬間、ある傾向が見えました。
首を前(進もうとする方向)に突き出してしまうのです。
しかし、その頭の方向性は脊椎との関係で言うと「前」ではなく、
「下向き」に押し下げていることになります。

「おばさん、頭はね、立ちあがったときだけじゃなくて、
歩いているときも、ずっと高いところにあるんだよ」

「頭は高いところにある」を思い続けられるように、
私はおばの頭に軽く手を添えました。
そして、そのまま何歩か歩いてもらいました。

「あら~、頭が高いところにあると、足が自然に上がっちゃうわねえ。
さっきまでは、頑張って足を持ち上げようとしてたんだけど」

そう、そう、そう!
頭と脊椎の関係性を整えると、正しいことが勝手に起こるのです。
さっき無理に動かそうとしていた足首がちゃんと動いているだけでなく、
腕の振りも自然に起きています。

「頭が高いところにある」という表現は、
その時の体験とともに、おばの運動神経に刻み込まれたようで、
その後は私が手を添えなくても、とっても素敵に歩いていました。

このことは、私にとっても原点に帰るような体験となりました。
最初は性急に、起こってほしい結果にアプローチしていたので、
うまくいかなかったのです。
あらためて、動きの中で何が起きているか、
そのプロセスを丁寧に見ていくことが大切なのですね。

米寿のレッスン2

前回の記事で書いた米寿のおばと、
「椅子から楽に立ち上がる」ためのレッスンをしてから1ヶ月。
先日様子を見に行くと、背中の痛みもだんだんなくなってきたそうで、
一人で電車に乗って外出できるようになっていました。

「あんたには本当にいいこと教えてもらったわ」と言います。
なんでも、この頃は体のどこかに痛みを感じると、
一度椅子に座って、教えてもらった「立ち上がる」動きをすると、
体がスッキリして、痛みが消えるのだそうです。
お〜、チェアワークにそんな使い方があるなんて。

実際に椅子から立ち上がるところを見せてもらったところ、
もう本当に上手でびっくりしました。
年齢とともに丸くなってしまった背中の形自体は変わりはしないけど、
それまであった下向きに入れていた力みが抜けていて、
上に向かって解放されていくような、しなやかさが見えました。
良い姿勢というのは、単にまっすぐな形のことではないのだと、
おばは私に示してくれました。

では、私がおばに何回レッスンをしたかというと、たぶん3回ぐらい。
あとはおばが一人で何度も何度も練習をしたのだと思います。

最近は「歩く」レッスンを始めました。
見ていると、“こうすると膝が痛くなる、逆にこうすると痛くない” など、
私が教えた知識に頼りきらず、自分の体に聞きながら動いている様子。
ああ、だから上達が早いんだなあと納得。

そんなおばを見ていると、
「年のせいであちこちが痛い人」から、
「痛くない動きを自分で選べる人」へと、
アイデンティティが変わってしまったように見えます。

「あんたの教え方が上手だからじゃない?」って言ってくれたけど、
いえいえ、むしろ私が教わることばかりです。

米寿のレッスン

前回の更新から1ヶ月近くが過ぎてしまいました。
今日はちょっと違う話題です。

最近、私のおばが背中を痛めてしまいました。
おばは今月米寿を迎えます。
背中がだいぶ丸くなっているので、
骨に負担がかかっているだろうと思っていましたが、
病院に行ったら、脊椎の圧迫骨折だとのことでした。
最初の2週間ほどは痛くて動けないという状態だったので、
近くに住む私が身の回りのお世話や痛みのケアなどをしていました。

特に椅子から立ち上がるときに、背中が痛むようだったので、
私はアレクサンダー教師として、その動きのお手伝いをしてみました。

本人はとにかく動くと痛いものだから、
「動きのレッスン」と言われても、最初は全然乗り気ではなかったのですが、
私は「ちょっとだまされたと思ってやってみて」と言って、
痛みがおきないであろう方向へと手を使って誘導しながら、
椅子から立ち上がってもらいました。

すると。
「あら・・・? 痛くない」
首をかしげながら、そのまま少し歩いて、
もう一度、「どこも痛くない・・・」とつぶやきます。
そして神妙な面持ちで「もう一度やってみる」と言って、再び椅子に座ったので、
私は「しめしめ」と思いながら、もう一度動きの方向を誘導します。
「あら・・・? やっぱり痛くない・・・」

私が誘導した「痛みが起きないであろう方向」とは、「前へ、上へ」ということ。
おばは立ち上がろうとするときに、
上体を後ろに引いて腰で体を支えようとするクセがあり、
それが背中の痛みにつながっていると思ったので、
本人が思っているよりも「前で」バランスをとることを体験してもらったのでした。

この体験はとてもおばの気に入ったようで、
それから熱心に練習を重ね、
今では椅子から立ち上がるのがすっかり上手になりました。
私が行くと「見ててちょうだい」と言って立ち上がってみせて、
そのあと、「あ~気持ちいい」というのです。

最初の「痛くない」という感想も嬉しかったけど、
「気持ちいい」という言葉が出てきたことは、もっと嬉しかったです。

最初は苦痛だった「立ち上がること」が喜びになったこともすごいと思うし、
動きが気持ちよく感じられるということは、
自身がもっている生命力を感じている、しるしでもあると思うから。

歩くなどのほかの動きではまだ痛みが出るので、
これからレッスンを重ねて、もっと自由に動けるようになってほしいな。

おばさん、これからもずっと元気でいてね。
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