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Author:hikari
アレクサンダー・テクニークを教えています。からだとこころにまつわる日々の気づきなどを綴っていきます。

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見え方が変わる

アレクサンダーテクニークを教えるために必要な観察眼、
つまり人の動きを見る力を養いたくて、
通勤の道すがら、よく人を観察する練習をしていました。

たとえば歩き方の癖が強い人を見かけると、
この人はどこの関節を固めているのかな?
その緊張をほどくためには、どんなワークをしたらいいだろう、
なんて考えたりして。

でも次第に、そういう見方っていかがなものだろう、
と思うようになってきました。
練習とは言え、人の欠点を探しているようなものなのでは?
自分がレッスンに来た生徒だとしたら、
先生にそんな風に見られたら嫌だよね・・・

先日、ティーチングメソッドの授業で、
こんな練習をしたことがありました。

それは、先生役と生徒役の二人ひと組になって、
二つの違う見方を体験するというもの。

ひとつの見方は、先生が生徒の問題を探るようにして見る。
もうひとつは、先生がまず自分自身に注意を払いながら、
生徒を視界の中に入れて、ただ見守っている。

やってみると、これは結構キョーレツな体験で、
問題を探るように見ていると、
明らかに生徒が緊張し始めるのが分かります。

そんなこともあって、
どうやって見るかについて、最近ずっと考えていたのですが、
トミーが帰ってしまった週明けの月曜日、
通勤中によく人の動きを観察していた道に来たときに、
見える世界が変わってしまったことに気がつきました。

ああ、みんな、その人なりの歩き方をしているんだな・・・

道行く人を見て、そんなふうに思える自分がいました。

変化のきっかけになったのは、たぶん
2日間にわたって取り組んだテーブルワーク。
繰り返し練習する中で身についたことは、
手を使って相手の体の声を聞き、その構造を尊重することでした。

そう、私は人を、こんなふうに見たかった。

見るために必要なことが、
目で見ること以外の体験から得られたということが、
とても面白い気づきでした。
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トミーのテーブルワーク

水曜日のティーチャー&トレーニークラス、
金曜日のワンデーワークショップ、
そして土曜・日曜と授業を受けて、
楽しみにしていたトミー・ウイークが終わりました。

週末のクラスでは、主にテーブルワークを教わりました。
トミーがお手本を見せてくれて、
あとはトレーニー同士がお互いにワークをし合い、
分からないところはお互いに教え合うというスタイル。
それが、私にとって本当に良い体験となりました。

例年、トミーのワークを受けると本当に深い体験ができるので、
授業でアクティビティをすることが本当に楽しみでした。

だから最初、今回のメインはテーブルワークと聞いた時、
トミーのワークを直接受けられないのが
少し残念ではあったのですが、
1日の終わりには、すっかり考えが変わっていました。

トレーニー同士でワークをすることで、
本当に自分の頭で考え、体にしみこませることができたから。

素敵なことに、みんな分からないことに対してとても正直で、
だから「分からない」という状況に対して笑い合い、
リラックスして取り組むことができました。

クラスではアレクサンダーテクニークを学び始めた人から
すでに教え始めている人までが一緒に学ぶのですが、
自分より後に学び始めた人に教えることで
同時に教わるがたくさんありました。

そして、自分より進んでいる人から教わることで、
自分もこんな風になれるのかな、なんて
少し先の未来をイメージすることもできたりして、
そういったことの積み重ねが自信になりました。

トミーのワークを直接受けるということは、
遠くにある素敵な場所を見せてもらっているようなイメージ。

それは自分の胸の奥にあって、
トミーが「ここにあるよ」と体験を通じて示してくれた場所。

そして今の私にとっては
スーパースターに遠くへ連れて行ってもらうことよりも、
そこにつながる隣の町へ自力で行けることのほうが
ずっとずっと嬉しいということが分かりました。

そしてそのような学びの場を設定してくれたトミーが
本当に素晴らしいと思いました。

トミーのワンデーワークショップ

今週、いよいよトミー・トンプソンが来日しました。

「いよいよ」と書いたのは、トミーが私の大好きな先生で、
1年前から来日を楽しみにしていたから。

今日のワンデーワークショップでは、
一人ひとりの関心やテーマに沿った
アクティビティ・レッスンをしていきました。

歌う人、楽器を奏でる人、踊る人、話す人・・・
そのだれもがトミーのワークを受けると、
楽器の音や声の質に深みが増し、動きがしなやかになり、
そして存在の質が変わっていくのが分かりました。
カラダの緊張を解放することにより、
本当の自分が立ち現われてくるのです。

それを見ているのは本当に幸せで、
たくさんのことを受け取った濃密な時間でした。

今日の私の関心事は「見る」ということ。

アレクサンダーテクニークを学び始めて5年以上が過ぎ、
人々がどのように体を使っているのかが見えてくるにつけ、
自分が見たものを「良い動き」と「悪い動き」に分類して、
挙句「悪い動き」を見ると直してあげたいような衝動にかられる・・・
というのが、目下の私の悩み。

アレクサンダー教師(のタマゴ)として、
その前に一人の人間として
本当に大切にしたいことのひとつに、
ジャッジをせずに人と接したいということがあったので、
そのことについて学びたいと伝えました。

トミーはそれに対して、こう言いました。
「人というのは、どんな人でも本当に美しいんだよ」

多くのアクティビティの中で、私にとって印象的だったのは、
教師をしている人のスピーチでした。
それは、卒業する生徒へ向けた胸を打つ内容でした。
確かに体や声は緊張していたけど、
その存在はトミーがワークをしようとしまいと、
最初からパーフェクトでした。

それに対して、わざわざ問題点を見つけに行く必要なんてないよね・・・?

でも、誰もが本来完璧なのなら、
アレクサンダー教師として何をしたらいいのかな?

そもそも完璧ってなんだろう。
なんで今日、私はその人を見て完璧と思ったんだろう。
そう思えないときの自分は、一体何をしているんだろう。

ここまで書いてきて、二つの疑問が出てきたので、
明日の授業でトミーに質問してみよう。
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