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Author:hikari
アレクサンダー・テクニークを教えています。からだとこころにまつわる日々の気づきなどを綴っていきます。

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気づきのトレーニング

無買週間を経てショッピングで体験した私の変化は、
とてもアレクサンダーテクニーク的だったと思う。

アレクサンダーテクニークは、
刺激に対する反応を変えることにアプローチする。
だからレッスンを続けるうちに、日常の行動全般が変わってくる。

レッスンで扱うアクティビティは、バラエティに富んでいる。
立つ・座る・歩く・見るなどのシンプルな動きだけでなく、
人と会話したりとか、仕事のシーンを扱うこともある。

レッスンでは、それが一体どんな動きであっても、
「その状況の中でどのように自分の体を使っているのか」
に注意を向けていく。
つまり自分が無意識にやっていることに
気づけるようになるためのトレーニングをしている。

そうやって長年レッスンを続けているうちに、
だんだん「気づき癖」がついてくるもので、
私も何かをしているときに、
自分がそれをどのようにやっているかについて
注意を払う習慣がずいぶんできてきたと思う。

誰もが思うように、私も習い始めの頃は、
「先生がいる時はできても、一人じゃできない」って思っていた。
それが最近では、一人でいろんなことができるようになってきた。
(先週のカッターの使い方がその例ね)
たとえうまくできなくてもそれは問題じゃなくて、
自分に注意を払い続けることが大事なんだって今は思う。

ひとたび気づき癖がつくと、
本当にどんな行動をするときでも応用できる。
どんなことにも応用できるということが、
この技術の素晴らしいところのひとつだと思う。
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「決める」こと

ラマダン明けならぬ無買週間明けの今日は、
ちょっとした買い物のためにパルコに行った。
ここも私にとって、「物欲の館・別館」。
こんなところにうかつに足を踏み入れたら、
先週の反動で衝動買いをしてしまわないだろうか・・・
と一瞬不安になった。

私のいつもの行動パターンは、大体こんな感じ。

「見るだけ」って思いながらフラーっとお店に入って、
商品を手にとって見ているうちに店員さんに話しかけられ、
すすめられて試着して、
「えーい、ご褒美じゃ。お金ないけど、買っちゃえ!」
ってカード払いでご購入。
こんな感じだから、なんかお金が貯まらない。
(っていうか、貯金目減りしてないか?)

ところが今日はどうだったかというと、
いくつかのお店をのぞいて、試着もして、
結構気に入ったけど、結局買わなかった。
私はその選択がとても自然にできたし、
自分の中に太い芯があるみたいに、心が揺るがなかった。

私が「今日は見るだけなんです」って思っていると、
そのはっきりした態度が店員さんに伝わるみたい。
どこのお店に入っても、私に見返りを期待しない態度で、
気持ちよく商品を紹介してくれた。
だから私ものびのびと色んなものを見せてもらった。

なんというか、「買う・買わない」を超えたところで、
その洋服がいかに素敵かを語り合えたみたいな、
とても気持ちのいいウインドウ・ショッピングだった。

これ、今までの行動パターンと何が違うんだろう?
昨日は「決める」ことにパワーがあるって思ったけど、
それってどういうことなんだろう。

確かに昨日も今日も、決めることはした。
でも、ていねいに思考を追っていくと、その前にワンステップあった。
私は「買わない」を「今日は見るだけ」って言い換えた。
自分にかける言葉を変えたこと。
それがキーだったと思う。

たとえば「買わない」って思うと、
「買う/買わない」の間で心が揺れ動く。
でも「今日は見る」って思えば、素直に見ることに集中できる。

「決める」っていうと、
強い意志が求められるような禁欲的なイメージがあるけど、
自分のやりたいことを表現する的確な言葉がみつかれば、
するべきことがはっきりして、迷いがない状態になる。
昨日も今日も、それが私にとって「決める」ことだった。

思えば、今までは「見るだけ」と思いながら、
「お金ないから買わないようにしよう」と自分に言っていたかも。
(↑うわ、こう言われると、なんか反抗したくなる!)

今日は「気に入ったものがあったら買ってもいいよ。
でもひとまず今日は見るだけね」って心の中でつぶやいてた。

うん、私自分にやさしかったね!
これからは、こんなふうに自分と付き合っていこう。

無買週間 最終日

さて、今日で無買週間もついに最終日。
今週は土日とも目黒で授業があったので外出したけど、
交通費はsuicaを使ったので現金支出はゼロ。
食事もお弁当を持参したので、
結局お金を使うことなく過ごすことができた。

あまりに簡単に目標を達成できてしまったので、
ちょっと自分を試してみたくなり、
まっすぐ家に帰らずに、寄り道をすることにしてみた。

ドキドキしながら行った先は、吉祥寺のアトレ。
私にとって、一歩足を踏み入れたら最後、
何か買わずには出てこられない「物欲の館」。

ところが。
「買わない」って決めたら、すごい!
まるで守られているみたいな安心感があった。
普段は店員さんに話しかけられると緊張して、
「いえいえ、見ているだけですから!」って
どこか相手を拒絶するように接してしまっていたんだけど、
今日は同じことを言うのでも、すごく自然体でいられたし、
むしろ自分から話しかけて質問してみたりもした。
だって「今日は見るだけ」って、本当に決めたから

見るだけって決めて、行動の目的が明確になったら、
余計なことをする必要がなくなった。

「決める」って、すごいパワーがあるんだ・・・!

この1週間で、物やお金に対する意識が変わって、
食べ物や洋服などを大切にするようになった。
発想の幅が増えて、マンネリだった料理のレパートリーも広がった。

いつもの生活をしながら異世界を体験できて、
まるでちょっとした留学みたいだった。
こんな面白いことが、文字通り一円も使わずにできるなんて!

この実験を始めるときに、お財布には9千円入ってた。
普通だったら1週間でなくなってしまうこの金額が、
1週間後の今もそっくりそのまま残っている。
これって、すごいことじゃない?

また時々、この実験をやってみよう。
本当に欲しいものを買うために。
自分の世界を広げるために。
無買週間、おススメです!

無買週間4日目

今週の月曜日から始めた無買週間も4日目。

私はもともと自炊派で、
お昼はお弁当を作って持って行っているので、
外食にあまりお金を使わない。

私が主にお金を使うのが、スーパーマーケット。
都心で一人暮らという生活スタイルなので、
一度に食材を大量に買い込むということをせず、
仕事帰りにほとんど毎日のようにスーパーに寄って、
こまめに食材を買うことが習慣になっていた。

でもスーパーって、買う予定のなかったものまで
ついつい買っちゃうんだよね・・・

今回、スーパーに行くこと自体を封じてみたら、
結構いろんなものが家にあることが見えてきた。

まず、乾物がたくさん。
中国に行ったときにお土産で買ったキクラゲ。
(ちっこいんだけど、水でもどすと、すごい量になる)
常備している乾燥ワカメのほかに、
ひじき、昆布、かんぴょう、高野豆腐。
(ほとんどが、お正月用に買った残りもの)

明日でお肉のストックを使いきってしまうので、
どうやってタンパク質を摂ろうかな・・・と思っていたら、
大豆がたくさんあったことを思い出した。
これは、だいぶ前に親戚のおばさんが送ってくれたもの。
当時は「忙しくて豆を煮ている時間なんかないし」と思って、
長年お蔵入りしていたんだけど、その豆がガゼン光って見えた。
今晩さっそく水に浸したから、明日ひじきと煮てみよう。

これまでは「あれがない、これがない」と思って
毎日のように買い物に行ってたんだけど。
なんで「ない」って思ってたんだろう?

さて、これから後半に突入。
一体何が起きるかな?

チャレンジ!無買週間

4月から消費税が8パーセントになるにあたって、
あらためてお金について考えてみた。

消費税アップはたしかに痛手だけど。
今回は私、「買いだめしなきゃ」っていう気持ちになれなかった。
なんか、根本的な解決と違う気がして。
どのみち10パーセントになることが決まっているし。
そのときに、また同じ行動を繰り返したくないと思った。

思い出すのは、2月の大雪のときのこと。
物流が止まって空っぽになったスーパーの棚を見て、すごく不安になった。
だから2度目の大雪の日に、つい食材を買い込んでしまって、
結局使いきれずに腐らせてしまった。

「物がない → 不安 → だから買う」
自分の中にある、この行動パターンを見直してみよう。

消費税アップ前夜、こんなことを考えた私は、
以前買ったこんな本を読み返してみた。

『買わない習慣』(金子由紀子著、アスペクト)

「目先の「安い!」に走るより、
「買う」ことを見直してみませんか。
お金をかけなくても、アイデアや工夫があれば、
豊かで気持ちのいい毎日が過ごせます。」(帯より)


読んでみてあらためて思ったけど、
私がいやなのは「お金が少ないこと」じゃなくて、
「お金がないと不安になる自分」。
お金に頼りすぎずに生きていけるって思えるなら、安心できる。

そこで、今週から本で紹介されている
「無買週間」にチャレンジしてみることにした。
これは1週間買い物をしないで生活してみること。

「買わない」を意識的に選択すると、
「今あるもの」をいかに活かそうかって発想になる。
「買わない」が、すごくクリエイティブな試みに変化する。

実は月曜日にキャベツ1個買っちゃったんだけど、
それ以降はお金使ってません。

日曜日までできるかな?
さあ、いってみよう!

カッターの達人になる

先週から職場で「厚紙をカッターで切る」という作業をしていた。
A4サイズの厚紙に引かれた線に沿ってモノサシをあてて、
カッターを走らせ一定の大きさに切り分ける。

すっごい単純作業で、結構な数がある。
こういう状況に、私は燃えてしまうタイプ。
職人のような精密さを求めて、
1日中切って、切って、切りまくっていたら、
当然というべきか、週末に頭痛を起こしてちょっとダウンしていた。
そのうえ、上腕部にも若干筋肉痛が。

そうね、いろいろ気をつけていたんだけど、
やっぱり体の使い方が悪かったのだね・・・と反省し、
あらためて自分の体の使い方により注意を払うようにしてみた。

一体何をやりすぎていたんだろう?

まず、右手に持ったカッターを、厚紙が完全に切れるようにと、
上からギューギュー押し付けるように動かしてた。
あとモノサシの上に置いた左手も、動かないように、
上からギューギュー押さえつけてた。
それで上腕に過剰に力が入ってしまっていた。

そこで鎖骨も腕の一部だということを思い出す。
腕は鎖骨から指先まで「ひとつながり」なんだ。
そして、肘から指先にかけての直線を意識するだけで、
腕に力を入れずにモノサシがしっかり押さえられるようになった。

そうか。
不要な力があったとき、方向性が「上から下」だったんだ。
では「前から後ろ」に刃先を走らせてみては?
と思い直して、「前から後ろ」へ向けて刃先を走らせてみる。

うん、こっちの方が切りやすい。
でも続けていると、結構な確率で厚紙が底まで切れないときがある。

今度は何が足りないんだろう?

そこでアレクサンダーテクニークの原則に立ち戻る。
カッターを持った手を前から後ろに動かす時、
頭が脊椎に対して上方向に動いて、
それにカラダ全体がついていくようにした。

おお、スカッと切れるぞ!

腕を後ろに引くときに「頭が上」って思って動くと、
自分の体重が、腕を通って刃先に伝わってくる。
だから、切るために腕に力を入れる必要がない。

なるほど、自分が上に行くと、結果として下方向に力が伝わるんだ。

それが分かったら、気分はもう剣豪。(笑)
でも間もなく必要枚数を切り終わってしまい、作業終了。
もっと続けたかったよ、ザンネーン。

だって、やっていてとても気持ちよかったから。
それは厚紙がスパッと切れるからではなくて、
この動きをすること自体が、すごく気持ちいいってこと。

週末をはさんで3日間、単純作業を通して
とってもいいセルフレッスンをすることができた。
同じ動作を繰り返すって、すごく勉強になるんだな。

帰り道、いいレッスンを受けたあとみたいに
視界が広くなっていて、いつもの風景がとてもきれいに見えた。

方向性を思い続ける

今日は仕事の後、小さな劇場で友人の出ている公演を観た。
会場に着いたのが開演直前だったためすでに満席で、
最前列の桟敷席しか空いていなかった。

友達の公演が満席なのは喜ばしいことだけど、
最近腰が痛いので、桟敷は困るなあ・・・

と思いつつ案内された席には、
床にうすっぺらい座布団が1枚あるだけ。
両隣の人とは肩が触れ合うくらいの狭さで、
体育座りの両脚の間に無理やりバッグを挟み込む。
すると、そこへアナウンスが。

「本公演は途中10分間の休憩をはさんで、1時間50分を予定しています」

うおー。果たしてこの状況に耐えられるか、hikari。
そして、公演が始まった。
舞台上に繰り広げられている美しい世界を受け止めつつ、
私は必死に自分にディレクションを送る。

なにはともあれ、首を楽にする。
そして、坐骨の上に体重がのるように座る。

ところが、体が後ろへ倒れそうになるのを
膝を抱えることで食い止めていたら、
段々肩が凝ってきた。
一体どうやってバランスを保てばいいんだろう。

小劇場は好きだったので、
昔からよくこういう状況でお芝居を観ていた。
あの頃は、「バランスをとる」という発想はなく、
姿勢を維持するために、必死で腰でがんばっていたっけ。
それに比べれば、今はずいぶん楽にはなったけど・・・

前半終了。案の定、腰が痛い。
そこで、休憩時間にプランを立て直してみた。

まずは立った状態から、
頭が繊細に動けることを思い出して、ゆっくり床に降りる。
そして一度、坐骨でバランスをとるように座る。
うん、いい感じ。

でも、いくら今いいバランスでも、
それを「維持しよう」と思うと、
無意識に筋肉を固めて、体の動きを止めてしまうのでは?
だから、自分に「動いていていいんだよ」と言い続ける。

そして自分の骨格をイメージし、方向性を思い続けた。

①座っている時の脊椎は垂直だから、頭は天井に向かい、
 仙骨、尾骨、坐骨は床の方に向かっている。

②体育座りになった時の膝小僧は大腿骨の端だから、
 これも床から斜め上に伸びて、天井の方向へ向かっている。

③腕が両脚を抱えているとき、
 前腕(肘から先)の一方の端である手首は内に、
 その反対側の端である肘は外側に向かっている。

私は①~③を繰り返し、繰り返し、思い続けた。
すると、バランスを保つために力をいれる必要がなくなり、
最後までとても楽に座っていることができた。

うん、方向性!
テーブルワークのときにトミーも言っていたけど、
方向性ってやっぱりすごく大事なんだ。

観劇中にこんな学びもありつつ、
もちろん肝心の舞台にもきちんと集中することができた。

久しぶりに見た友達の舞台は素晴らしかった。
高校時代に同級生だった彼女が、ずっと自分の表現方法を
探求し続けていることを知り、私はとても嬉しくなった。
私も、自分の表現を探求し続けているよ。

今日はいい一日だったわ。
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